1927年7月10日第1刷発行
1989年5月16日第79刷改版発行
2009年1月6日 第120刷
とある。実に82年の長きにわたって120回もの印刷発行を繰り返してきたのである。まさに日本近代文学中のロングセラーであったのだ。かつての親友を裏切って死に追いやったという過去を背負い、罪の意識にさいなまれつつ生きてきた「先生」の人生。明治という時代が終わろうとする時代背景の中で物語は淡々と進んでいく。やがて明治天皇が亡くなり、乃木大将夫妻が殉死するという事件が起こる。それに触発されるかのように「先生」は「私」に長い遺書を残して自殺する。
僕はこの『こころ』を50年も前の学生のころ、有ちゃんという中学生の少年に刺激を受けて、初めて読んだ。そして衝撃を受けた。
有ちゃんは頭の良い、前向きな少年だった。僕が家庭教師として通っていたアルバイト先の中学生だった。いわば僕の教え子である。僕は彼の利発さにひかれた。そして気が合った。彼には兄があり、妹も二人いて、僕はその子たちも教えたが皆いい子で、兄妹仲もよかった。下町の工場主の子どもたちであった。ところが彼ら一家に不幸が襲った。母親が亡くなり、下の妹も亡くなった。僕が彼らの家に通っていた僅か2年ほどの間の出来事だった。有ちゃんは青山学院の中等部に通っていたが、あんな学校はお坊ちゃんばかりで自分には合わない、と言って父親を説得して地元の公立中学に自分でさっさと転校してしまった。そんな有ちゃんがあるとき、『こころ』を読んだ話をした。その話の中で、「K」が死ぬくだりの箇所で、「先生」が「K」の頭を抱くところで、「K」の頭が重かったという部分を話した時の有ちゃんの声と表情を今も覚えている。僕は恥ずかしいことだが、その時までまだその本を読んでいなかった。すぐ帰り道に買って読んだ。
有ちゃんとは僕が大学を卒業と同時に疎遠となっていった。いつだったか、彼の家のあった辺りへ行ってみてが、彼の父親の会社も家もなかった。
最近になって彼の消息が分かった。彼はいま日本有数の産婦人科医となり活躍しているようだ。いつか会いたいと思っている。もう有ちゃんも60を超えているだろう。
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