2009年06月02日

モリとカヤ

このごろは目がすぐ疲れる。それに目がかすんでしまうこともある。そんなわけで夜は遅くまで本を読んだりすることもテレビを見ることもあまりしなくなった。そのかわりにラジオを聞くことが多くなった。
先日NHKの深夜放送を、床の中で聞いていたら太田治子さんが話していた。その時太田さんは池袋にある熊谷守一美術館のことを話していた。聞き手は宮川アナである。
太田さんは熊谷守一の娘の榧(カヤ)さんのことを話していた。最近太田さんは熊谷守一美術館へ行ってきたようだ。そこに「モリの手」という作品が展示してあって、それを見てきたという。その作品は守一の娘の榧さんの作品だという。太田さんはそれに興味をひかれたようだ。守一(モリカズ)の作品のことではなく、「モリの手」についていっしょうけんめい話している。それがまた太田さんらしくて僕は気に入ってしまった。「モリとカヤさんはとても仲のいい親子だったのよ、だからお互いにモリ、カヤって呼び合っていたのよ。そういう親子って素敵ですよね」と、太田さんは宮川アナにあいづちを求めている。宮川アナも、ええ、と応じている。彼はあいづちがうまい。それはそうだ。彼はNHKのお昼の番組「のど自慢」でならしたヴェテランアナウンサーである。
熊谷守一といえば、孤高の画家としてよく知られている。後半生は池袋の小さな自宅の庭で小鳥や昆虫や花や木を題材にして、隠者のような生活を送っていたとも聞く。あの辺り一帯は戦前、貧乏な画家や詩人たちがたくさん住み、池袋モンパルナスと呼ばれていたところだ。
太田さんは地下鉄要町の駅で降り、そのころの風情を想像しながら歩いて熊谷美術館まで行ったと話していた。美術館は守一亡きあと自宅後に、榧さんが私費で開館し、その後豊島区に寄付し、現在は豊島区立熊谷守一美術館として今も榧さんが館長をしているという。
熊谷守一は文化勲章を辞退した画家として僕の記憶の中にはある。たしか勲3等の叙勲も断ったとも聞いている。やはり本当の芸術家は違うと思う。こういう人がまだこの国にいたのかとその時は思ったものだ。

なお、ご存知の人も多いと思うが、太田治子さんは太宰治と太田静子の間に生まれた娘である。僕は太田さんがNHKの「日曜美術館」のアシスタントをしていた頃からのファンである。
posted by tora13 at 20:03| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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