この結社の主宰を師と仰ぎ日夜俳句に精進している人々は800人を下らないと思われるが、祝賀会にはその中でも各地の支部の中心となって頑張っている人たち、いわばこの結社の中核的な人たちが、2、300人は出席していただろうか。僕はこの日が初めて会う人がほとんどであったが、毎月郵送されてくる結社誌で句を注目している名だけは知っている人ともお会いして語ることもでき、いい刺激になった。
来賓として各結社の主宰、出版社の社長や編集長など編集者、それに評論家、俳人、歌人、詩人たちも4,50人は来ていたろうか。ところが、これらの人たちの中に若いころの知人が何人も来ているのにはちょっと驚いた。彼らはそれなりに知名人になっていたのだ。それもそうだろうな。僕は長く教師をしていて、その期間だけ彼らの世界からかけ離れて生きていたのだ、と当然のことながら思った。その夜遅く彼らの何人かと、昔よく飲んだ頃のように付き合った。お互いに歳をとったが、昔と少しも変わってはいなかった。評論家の知人が「お前が一番いい人生かもしれない」と酔ってしみじみ言った。彼は田舎でのんびり教師でもして暮らせたらなあと漠然と思っていたこともあったようだ。
けふ立夏コックスたりしころのこと
牡丹に風強き日や稿をつぐ
老鶯のしきりに鳴くや柩発つ
根っからの野伏せりにして一夜草
黄昏の薔薇に含羞なかりけり
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