『だから云ったじゃないの』や『未練の波止場』などもいい。生前のお恵ちゃんを1度だけ見たことがある。もうずいぶん前のことだが、地元のロータリークラブから講演のお礼にとお恵ちゃんの歌謡ショーに招待された。会ってみると、人柄の良さが話し方にも笑顔にも出ていた。地元の文化会館のホールは超満員の盛況だった。例の裾の広がったスカートで、手にはハンカチを握って、舞台いっぱいに歌いまくるのである。1曲1曲心をこめて一生懸命に歌うのであった。後で知ったのだが、もうその頃はお恵ちゃんは肝臓がんを発病していたのである。
朝日新聞朝刊の週末別刷り「be」の『うたの旅人』〈1月10日付〉で松山恵子を特集しているのを読んだ。彼女のひたむきな生き方と、次々と襲いかから不幸に思わず泣けてしまった。スター歌手として順調だった人生は突然暗転する。トラックに追突され重傷を負う。声も出なくなる。闘病の後復帰するが、事故の輸血でC型肝炎に感染、さらに肝臓がんを告げられる。それを隠してそれ以後長い年月舞台に立ち続けた。歌うことで病気と闘ってきた。そして逝った。生涯独身であった。朝日のbeの記事は次のように書いている。
「06年5月の葬儀は埼玉県越谷市の知人宅で行われた。参列者は少なかった。出棺の時、寂しすぎるから、と青空たのしさんはハーモニカで『十九の浮草』と『お別れ公衆電話』を吹いた。(青空さんは彼女のショーの司会をつとめた人である)。感極まってつっかえながら吹き続けるハーモニカの音が、住宅街に流れた。」
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